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著者について

グレゴール・シーナス・ダートンは,ショーン・パルマー・ダートン船長とその妻マリアの息子として1801年に生を受けた.病が快方にむかいつつあった1883年,カラドンの実家にて逝去.1801年から1883年の間,彼は偉大に生きた.深く,荒々しく.彼は続く世代に「人生」という言葉に新たな定義を与えた.学者と冒険家の騎手.彼の後に続く者は誰でも,彼の恩義を受けている.

ダートンを最も有名にしたのは,彼の最初の仕事においてである.「禁断の北方都市群」で彼は自らの大いなる探索を詳述した.キンタラとタラの神秘を明らかにしたのである.当時,そこは常人の訪れることのまれな,おとぎ話上のものとさえ考えられていた土地であった.3年間の冒険で,ダートンはカラドンからキンタラ,レアボーからタラまでを踏破した.魔法の技による輸送の助けを用いないままでこれをおこなったのである.このことは現代の旅行者にとってももっとも困難なことだ.この旅の詳細は一冊の書物で出版された.この本は初版から約40年間,常に増販され続けている.

人生のなかで,ダートンは古代英雄の時代に多く編まれたエルフの伝承を10冊翻訳したが,それらは今日の小説家や詩人に着想を与えている.彼はまた,カディシャーとして知られる砂漠の部族の歌を共通語に書き起こすのにも尽力した.この仕事は彼の心にかけがえのないものであった.彼の人生における最後の朝,彼は下記の詩を日記に書き留めた.その言葉は,彼のアルカナムでの滞在の概要をうまく表しており,彼の埋葬場所の扉に刻まれている.

"Do what thy spirit bids thee do.

From none expect applause;

But nobly live and nobly die

by none but self-made laws.


All other Life is living Death,

an early taste of hell.

A coward's virtue covers him;

it leaves him but a shell."

- Verses 37-38, from "The Kadisah" of Sir Gregor Seamus Darton

ここに集めたのは「禁断の北方都市群」やダートンの驚異的なライブラリからの抜粋である.


 

タラント:1880年

旅の途中,私はしばしばタラントの街の防衛という名目で呼び戻された.戦争の時だけではなく,単に議論するためだけの場合もあった.アルカナムに住む人々はみな私の出生地について何がしかの意見を持っているように思う.あるおっちょこちょいが私がタランティア人であるなどとうっかり漏らしてしまったがため,以来彼らはお互いに主張を分かち合うべきだと考えるようになったようなのだ.このような議論から抜け出すことはほとんど不可能であることが判明した.とりわけ,私を問い詰める者がこの街をおとずれたことのない場合には.すなわち,彼らは知っておくべきなのだ.この街が本当にノームたちによって動かされているのか,オークたちは貧しい隣人と自由に繁殖することが許されているのか,そして街の河川は彼らがいうほど汚れているのか,そして腸チフスとコレラによって「白の寺院」はひどい混乱状態なのか,動物園には本当にグリフォンのひながいるのか.そして,それを2ペンスで見学することができることができるのか!

我が敵が好奇心に満ちているときよりも,不機嫌になっているときのほうが,私の心は安らぐということを白状する.ある男が私の目の前にやってきて,私の故郷の町の死と病気と災難についての答えを要求したとき,彼の呼ぶところの故郷という場所おいても,同じ障害があるのだなとすぐわかる.その後,彼にタラントの工場群やスラムの惨状の全てについて彼に思い出させるのは心が痛む.これらの地域は,荘厳な大劇場,博物館,公園,庭園,上品な邸宅,それに大学などの地域に対するバランスなのである.また,新奇なものや近代的なものとともに,タラントには古代からの伝統もある.すなわち,街の保安部はいまだに「死刑執行人の法廷」に本部を置いているし,予言的なワタリガラスはあいかわらずタラント城塞の上空を舞っているのだ.

残りの問題,つまり疫病,公害,政治については,世界でも有名になってきているが,これらはこの街の科学とテクノロジーがあまりにはやく,高すぎと言っていいくらいまでに発展してしまったことに対する,人々が支払わなければならない代価なのだ.ひとつだけ希望があるとするならば,この街の苦しみは一時的なものだと言うことだ.つまり産みの苦しみと言えばよいのか,革命に流される血と言うべきか.そしていつの日か,タランティア人らはそれらを克服するだろう!厚い噴煙,漂う煤煙,これらは今我々の上に忌むべき呪いのように降りかかっている.しかし,これは永遠に続くものではない.いつか,解決方法が見いだされるであろう.同じことは毒で汚染されたハドリアン川にも言える.今はこの川は入江に向かって,あたかも疫病患者のようにぽっかりとその黒い口を開けている.石炭から出る煙,ガス灯で照らされた通り,これらは我々の街に,エルフの言葉で「サ’イ タラ レイブナス」共通語に直せば,「百万の火葬の薪」という名を与えている...


 

アッシュベリー:1850年

アッシュベリーで数時間の休憩を取るために下船することにした.クルーたちが十分な量の水と2週間分の食料を積み込むのだ.やがて活気ある港に到着した.波止場は夜明けから日の入りまで込み合っている.貿易船に木箱,布袋,その他さまざまな梱包物が積み込まれており,あらゆる種類の最終製品,雑貨類が荷降ろしされている.船は世界各地からやってきて停泊場所を取り合う.そして,彼らは地産の積荷を降ろすと,この地域で名高い産物を満載し帰路につくのだ.カラドニア人の船腹のでっぷりしたバーク船や,ダーンホルムからスパイスを積んできたジャンク船が,タランティア人の図体のでかい蒸気船に横付けされているのが見える.ブラックルートからきた優雅な商船は材木を積み込んでいる.日中われわれはそこに滞在したが,群衆はいつもよりも多いようだった.海上には小さなボート,帆走スキッフからトロール漁船,小さな漕ぎ舟などあらゆる種類の船で活気づいていた.われわれが気づいた船には人々が満載されており,人々は雄大な景色をながめるために船室からデッキに上がろうと押し合いへし合いしていた.すなわちこの船がエルフ族の船「風の織り手」号であり,年に二回ここを訪れる船なのである.そして,その三本マストも優美なその船には,ハーフリング族の農場や果樹園でとれた果物が満載されているのであった.

もし誰かが埠頭の気の立った群衆をかき分けて町の探険に出かけようとすると,市場の向こうにあるアッシュベリーの町は,だいぶおもむきのちがった町であることに,すぐにも気づくことになる.実際その場所は少しも町らしくない.のんびりと通りを歩いていくと,小さな商店,感じのよい宿,通りに面した手入れの行き届いた小さな家などがあり,窓辺には猫が居眠りしており,ハーフリング族の女性が花壇の手入れをしているといった風情なのである.この町には歴史はあるが大望のようなものがない.地域活性化を執拗に促進するノーム族の資本家なしでは,アッシュベリーは平穏それ自体に満足しているのだろうということに,誰もが気づかざるを得ない... 新しい波止場の大市場や,この静かで素晴らしい小さな場所と喧噪のメトロポリスであるタラントの街とを接続する鉄道に出資したのはノーム族である.このことに関し,アッシュベリーの住人はほとんどなにも言っていない.不運だったのはこの町が,小麦粉,果物,モービハン産の皮革を購入しようとする貿易商らにとって,唯一利便性のある立地条件だったということなのである...


 

グリマリングの森:1825年

その森に深く分け入ると,われわれは陰の領域に侵入することになった.そこでは頭上の木々の葉の緑の天蓋が揺れ動き,足元には金貨をばらまいたような光が差し込んでいる.年ふりて力強く威厳のある木々の森だった.すなわちオークの木,ニレの木,カエデなどが支配する地であり,ときおり白い枝のブナの木やセイヨウトネリコの生えている場所もあり,森の中の道は,サンザシやモチノキに囲まれた空地に続くこともあった.大聖堂の中のごとく,しじまは突き刺すようだった.われわれの足音は厚いシダやコケの下生えに吸い取られ,声を出すのもためらわれた.

「しかしなぜここがグリマリングの(ちらちら光る)森と呼ばれるんだろうか?」私はついに言った.エリドーンが水分補給の休憩をやっと許可してくれたときだ.「グリマリングはニステリーアイの意味からきているんじゃなかったか?」「今にわかるよ」エリドーンは微笑んだ.「よし,よければ出発しよう」

彼の無関心に傷ついた.私は足がふらついていたが,休みが必要だと告げたときの彼の無言のあざけりを見る気がしなくて,わたしは自分の体にムチを打った.日が落ち,陰が濃くなったとき彼は私の腕に軽く手を置き,再度,私が歩くのを止めてくれた.「上をみて」彼は頭上のこずえの先を指して言った.「グリマリングが始まる」私は目を細め,彼の指すものを見ようと首を上に向けた.少しして,私は星ではない光がわれわれの頭上にあるのを見つけた.白と金の小さなおき火のような光がいくつも,高い枝の上を動き回っていた.たそがれの中で優雅に浮遊しては旋回している.見ている内にその数はどんどん増していき,頭上の木々は小さな踊る火花でいっぱいになった.

私が再びエリドーンのほうをみたとき,光は,暗闇のなかからさらにわれわれの周りにも出現した.子供のように私はそのひとつを追いかけ,やさしく手のひらに包み込んだ.そして目を近づけ捕らえたものを見ることができた.それは小指のつめよりも小さくて,ばたばたともがいていた.それはハエのような羽と目をもつ裸の男で,その胸はこの世のものとは思えない光を発し,まるでその小さな心臓が燃え立っているかのようだった. 「彼らはシ’イム タラと呼ばれている」エリドーンが言った.

「シ’イム タラ...」私はつぶやいた.数刻手間取った後,あてずっぽうに翻訳してみた.「愛の光?」 彼は微笑んだ.「非常に近い.彼らがそう呼ばれるのは,夜,オスが光るとその光に惹かれてメスがやってくるからなんだ」

その小さな生き物は勇敢にも私の指を脱して,再びすずしい宵の中に飛び去っていった.「美しい」私はただ言った.「このようなもののことは今まで聞いたことがない」

「あそこを見て」エリドーンは木々を指差して言った.さらに大きな光がそこに舞っていた.森の暗がりの中に冷たい青や燃えるような赤い光.それらは向こうの空き地で飛び跳ね,小さな「愛の光」よりもゆっくりと動いていた.そしてぼんやりとした光で木々のまわりを照らしていた.

冷たいものが背筋を走り抜けた.「死のランタンだ」私は言った.「前に見たことがある」「やつらが危険なのはもっと数が多い時だけだよ」エリドーンが言った.「やつらが常食とするのはウィルオーウィスプやシ’イムだ.でも,やつらについて行かないように注意しなきゃならない.やつらは森の深みに誘い込もうとするからね.もし,やつらの巣にでも踏み込んでしまったら,豪華な食事にされてしまう」私はつばを飲み込みそのような状況をふかく考えないようにつとめた.「そのアドバイスはよくわかるよ」


 

キンタラ:1825年

「うるわしの民」の町に到達するのは困難であり,ガイドやよほどの運がなければほぼ不可能である.キンタラはグリマリングの森の深奥に位置し,招かざる客は追い返す力を持つ魔法的な場所だ.町は古代からの神聖の森の中心近くに建てられており,数千年間火災,疫病はおろか斧すら入ったことのない土地なのである.あたりの木々は巨大で数百フィートの高さにそびえており,30人の大人でもってしても囲みきれないほどの太さの幹をもつこともある.全てのエルフの家々は実質上,地上高くその巨大な腕の上に建てられている.

それら大木の枝々がエルフにとっての街路であり大通りなのであって,それはちょうど敷石やレンガがタラントの人々のそれになっているのと同じである.樹上の路に沿って数十の小さなコテージが並んでおり,すきまには明るい緑のコケがつまっており,花や実のついたツタがからみついている.青々として手の加わっていないそのツタは,しばしば住居を厚くおおう場合もある.青々と茂ったたれさがるコケのカーテンは窓を覆い,それはプライバシーを守るためであるかのようだ.あちこちにある居酒屋や小売店の開いた扉から,陰になった通りに光が差している.そこに入った者が見るのは火の光ではない.店主は火の代わりに金色に光る鬼火のつがいを捕らえており,透明なガラス製の球体に入れ,ランプとして奉仕させている.

通常エルフたちは室内に閉じこもることはない.どんな季節でも,町のはずれの緑の開けた場所にすえつけられた,贅を凝らしたごちそうの長いテーブルに集まっている可能性がずっと高い.彼らはそこにすわり,相手の健康を祝ったりして,陽気にはしゃぎ,通りすがりのものは誰でも招いて大声で歓迎するのである.エルフたちのあいだに腰掛けた者は,ただちにワインと会話に半分おぼれてしまう.音楽家たちが笛やリュート,タンボーラでエルフの最高の旋律を演奏しており,会話には声を張り上げなくてはならない.それから皆が一斉に立ち上がって輪になり踊り始めるのを見ていると,めまいがしそうになる...

誰かがダンスのステップを教わっている最中,それが突然はたと止まることがある.雑多な叫び声と笑い声が飛び交う中で,沈黙が訪れるのである.それはまるで彼らだけに聞こえる声に耳をそばだてているかのようだ.そして,エルフたちは急いでテーブルに戻り,大皿やマグカップなど出来る限りのものをやみくもに集め始める.彼らは近場のひさしの下に入り,途方に暮れた人間の客を自分らの方に招く.彼は従うがいったいぜんたい,これにどういう意味があるんだ?ほこらのひさしにたどり着いたとき,彼はエルフらが聞いていた音を聞くことになる.頭上彼方の木々の葉に雨の降りかかる音が聞こえる.雨が降り始めたのだ...


 

車輪の氏族の家:1832年

もちろん山の下の大ホールへの入場を許されるずっと前に注意を促される.すなわち,まじまじと見つめてはいけない,ばかげたことをしない,などである.さもないと「車輪の氏族」は提案を聞き入れてくれない.長い道のりを成果なしでもどることになるのだ,と.彼は賢明にもうなづき,威厳を持って言うのである.そのような警告は無用にございます,と.そばに控えていた者は皆引き下がり,その瞬間,黄金の扉が開く!人間がほとんど足を踏み入れたことのないその場所で,中をまじまじとのぞき込まないというのはほとんど不可能なことだ.情熱的で天賦の才を持つドワーフ族の芸術家もかつてこれほどのものを表現だろうかというほど「車輪の家」は完璧であり,「灰色山脈の氏族」の中でももっともすばらしいものである.

二列の巨大な柱列がホールの端から端まで走り,その磨かれた石柱群は200フィートの厚みを持つ天蓋を支えている.柱ごと全てに一人の儀礼近衛兵が立ち,そのエナメル質の甲冑は宝石のように輝いている.赤いルビー色の輝きをはがねに出すことができるのは最上のドワーフ鍛冶のみである.その胸には黄金から打ち出された多数の車止めをもつ輝かしい車輪の紋章がある.警戒をとかず,沈黙のまま,まっすぐ前を見ている.そのかたびらに包まれた両手は,人間をやすやすと両断できる斧の柄に添えられている.そして,彼らの対面の壁の高くにあるくぼみには,衛兵の相方が見下ろしているのがわかる.すなわち,数十名のドワーフの静かなるクロスボウ射手である.彼らの武器は火線を下方に集中させている.

そこでは別の請願も聴取されている.単なる人間の外交使節に過ぎないわれわれは,壁に向って立ち,片側に追いやられ,より重要な案件が話し合われている間忘れ去られていた.タラントの代表とはいえ,きっちり侮辱されているという気分のエゴをかき集めることはできない.そのかわりに彼の目は歴史のタペストリーをみようと貧欲にそれを求め,豊かに染められた織物につづられた古代の物語を読み取ろうとする.イライラする心をあざむき,彼は天井のクリスタルドームを見上げ,どのようにガラスをカットしたら光をこのようにすばらしくきらきらと分散させることができ美しく輝く格子にできるのだろうと考える...あるいはあの大きな鉛入りの円盤には,そう見えるがごとく,数え切れない貴石が埋め込まれているのではないだろうか.

ついに準備が整った.実際に,その富の量と王者の威厳はこれまでみたこともないほどのもので,圧倒されるしかない.列柱の間をタランティア人大使は,アルカナムの全ての生命を図示し,巨大な円環にしているエナメル処理を施したはがねの輝く曼荼羅である「大車輪」に向って歩き始める.この曼荼羅では,猫が鳥を追い,狐が猫を追う.人間が狐を追い,オークとオーガが人間を追う.オークとオーガをドワーフが追い,ドワーフは車輪の頂点に立っている.曼荼羅に描かれた全ての獣や這い進む種族たちはまるで息をしているかのようにも見え,その聖なる枝から果実をむしることができるのではないかとさえ思えるほどだ.

やっとのこと,車輪の氏族の古老らと対面すると,彼らには「大車輪」ほどの圧力は感じない.ホールの壮麗さと,古老らの灰色のチュニックと黒い地味な杖は,実に考え抜かれたコントラストである.われらがタラント大使は「評議会」からの請願をどもりつつ伝える.その誓願は些事に過ぎないのではないかと突然に狼狽してしまったのである.その誓願とはすなわち,スティルウォーター上手の斜面にある,ドワーフたちが放棄した鉱山へ人間が入って採掘することに対する許可である.もしわれわれがそこで何かを見つけたとしても,それはわざわざドワーフが採掘する価値もないと見なしたものだろうからだ.

「車輪の古老」たちは,提案に対する軽蔑をわざわざ隠そうとはしないが,すぐに許可を与える.人間の大使を連れてきたドワーフは,大使の腕をつかみ彼を引っ立てる.感覚のなくなった手で,タラントの大使はいまだに携えてきた血の色の封印の押された巻物を握っている.封印のろうには本物の金粉がまぶしてある.いずれにせよ,タラントからの大使は任務を成功させて満足である.もし,失敗したなら彼はもう一度この場所に戻ってこなければならないのだ...


   

スティルウォーター:1879年

スティルウォーターは「灰色山脈」の麓にあたる丘陵地帯にいだかれた,村とほとんど変わらない規模の,小さな活気のない町である.かつては歴史を作り出したこの町も,産業と交易が栄えたのはほんの短い期間であった.町の全盛期は短いもので,繁栄はここにくる大部分の旅人と同じように,ここでないどこかに向かって,大急ぎで通り過ぎていってしまった.

ここにはかつて町を野火のごとく席巻した,大いなる「技術革命」の痕跡はほとんど残っていない.めざとい観察者は,放棄されて久しい鉱山への荒れ果てた道や,遺棄されて錆だらけの古いエンジンなどを生い茂る雑草の中に見つけるかもしれない.これらはまるで洪水の後の,高い壁に残った水位線のようだ.結局のところ,スティルウォーターは,ここでギルバート・ベイツが初めて蒸気エンジンを創り出した日々からほとんど進歩していない.ドワーフ族の交易人はいまだに静かな丘陵をぬけてこの町に下りてくる.宝石やはがねをもたらし,食糧やエール,革製品などと交換していく.わな師や探鉱者の往来はあり,雪解けの時期や初霜の季節に「鉱石分析所」にサンプルを持ち込んでくる.良質の毛皮の取引は活発で,一部には,山の渓流をさらって砂金を集め,パイ皿をむさぼることのできる男たちもいる.数ある中でもっとも金持ちなのは賞金稼ぎたちであろう.オーガの耳ひとつで10クラウン金貨の価値がある.これだけで多くの山男たちのひと冬分の稼ぎに相当するのだ.

この町には酒場が一軒ある.床にはおがくずが敷き詰められ,オークの木のバーには,安酒のグラスがたくさん並んでいるような場所だ.山々は男たちやドワーフたちに沈黙をしつけたようだ.彼らはだまって強い酒を飲むだけだが,まれに酒が口をなめらかにし,話を始めさせることもある.幸運に恵まれれば,神秘的な「スティルウォーターの巨人」についての話を聞けるかもしれない.この奇妙な怪物は,熊でもなければオーガでもなく「灰色山脈」の万年雪の斜面で目撃されるのだという.数年以上この山で働いている男たちならだれでもこの巨人に関する話を持っている.すなわち,その足跡は異様に大きいこと,その足跡をたどっていった狩人は足跡が30フィートもあるクレバスをまたいでいるのをみつけたということ,丑三つ時,峰々に響き渡る恐ろしい叫び声が聞こえたということ,そしてその叫び声は人のものでも,オーガのものでも,風や水音,獣の吠え声とは違うものだということ,ただ得体の知れない口から発せられた大声であるということ,足場の悪い岩棚で,巨大な丸石が突然空から落ちてきて,男とラバを押しつぶしそうになったこと,食べる価値もないと激高したけだものによってめちゃくちゃに引き裂かれたかのようなオークのバラバラ死体が,狭い道に散乱していたこと,などである...


 

カラドン:1866年

エアランド王ファラッドの領地を訪ねるのは,常に楽しみなことであった.タラントに仕えていた私が交渉した全ての諸王たちの中で,彼との親交がもっとも心地よかったのだ.実際,私は,公務から解放され引退が許されたならば,王の議事堂内に別宅を購入するつもりだとつねづね言ってきていた!義務という名のくびきを脱することができたとき,私の心はいつもカラドンに向かっていったのである.

いかなる意味においても,カラドンがもうろくした老人だけに適した静かな場所であると言っているわけではない.近年,カラドンはアルカナムでも有数の活気ある場所になっている.街への訪問者はカラドンが活動的でエネルギッシュなメトロポリスであることに気づくだろう.ある意味,世界で最も優れているとも言える.すなわち,莫大なコストなしで,タラントテクノロジーによる利益を享受しているのだ.カラドンの人々は蒸気エンジンとその全ての驚異を受け入れたが,その力は選んで用いており,可能であれば,閉じた扉の向こう側にそれを隠す.よって,タラントでは当たり前である醜悪なむき出しのパイプのたぐいは見られず,工場廃水の海への垂れ流しもない.街の小鳥たちは健全な青い空に羽ばたいているのである.

ファラッド王の宮殿は銃剣とライフルで武装した衛兵に守られているが,衛兵は儀礼的なサーベルもつねに腰に差している.王も新しいもの好きではあるが,彼の街の古代からの伝統を放棄させようとしたことはない.これに関して王は賢明だと私は思う.ダーンホルムがかつてそうであった謙譲さ,タラントでかつてそうであった守銭奴によって使い捨てにされない人々,そういったものがカラドンに見ることができるのである.ファラッド王は人々に自前の工場を建築することを許可していない.代わりに絹やスパイスの増産,真珠の養殖,王国の北方では岩塩の採取などを奨励した.これらによってひとびとはタラント製製品と交易できるのである.これらの産業はカラドンの白い壁や塔を,石炭で汚したりしないし,よって夏の浜辺に打ち寄せる波は汚れなく輝くのである.

カラドンの市民は多種類の種族,信仰のるつぼで,街の通りはそれらが入り交じっている.テクノロジーは魔法を大幅に駆逐していない.ここにはまだ「魔術師の区画」があり,小さな「技の学院」すらある.多様な人々の相互作用が街にエネルギーと情熱を与えている.ここには千の寺院と神殿があり,それぞれが違う神々を祭っている.午後の公園には,学校の生徒たちが集まり,暑い太陽から隠れて木々の木陰で昼食をとったり本を読んだり自説について討論したりする...


 

ツーラ:1844年

ついになんとか最後の砂丘の頂を越え,われわれは壮麗な「門なき町」ツーラを見下ろすことになった.この見晴らしのいい場所からも,町の細部を見ることはできなかった.ツーラの町をダムのように囲んで,ヴェンディグロッスの無窮の砂漠を押し戻し,魔法の技に十分な経験を持たない者を締め出している高い城壁のむこうには,木々のこずえや巨大な塔のてっぺんだけが見えていた.

城壁はなめらかで,これといった特徴もないが,視界の届く範囲において,途切れている場所は一切なかった.にもかかわらずファジルは,隊商を率いてベルを鳴らしながら砂丘を下り,まっすぐにその防壁を目指した.そのまばゆく輝く白い石壁にキスできるほどまで接近した時,彼はかがみこんで秘密の「言葉」をツーラの町に向かってささやいた.昔から代々受け継がれてきた言葉だった.うれしいことに石壁はまるでカーテンのように左右に分かれ,「砂漠の民」に道をあけた.伝説的な魔法都市に足を踏み入れることができたのである.

広場で立ち止まって井戸からたらふく飲んだ.のどが渇いていた動物たちは,我先にとわれわれのほうに殺到してきた.休息をとった後,ファジルが曲がりくねった階段のほうを指し示した.私は「宵の塔」に登ることになった.夕暮れ時は長く続いたが,私は赤い太陽が,町の白い屋根や壁に傾いた日の光を投げかけ,その先の金色の砂漠を照らすのをずっと見ていた.そこに1時間もいただろうか,遠くの噴水のきらめきや,頭頂が丸い銅でできているほっそりした塔群の優美さが目を楽しませてくれた.一日の終わりに吹くおだやかな風があり,市場のきらびやかな天幕をさざなみだたせていた.風はいたずらっ子のように,一日の終わりに捧げられる供物のために寺院や神殿,木立などから立ち上る色とりどりの煙をより合わせていた.

私は塔の上からぼんやりと,狭い路地や曲がりくねった路地を目でたどり,あとで行くことになるであろう公共広場や宿への道を探してみた.しかし,ツーラの町は巨大な迷路以外の何者でもなく,決して解くことのできない永遠の神秘のようであった.この目の負担となる仕事から自分の目を休めるため,私は近くの尖塔のバルコニーでステップを踏んでいる,一人のスペルシンガーのほうを眺めることにした.彼女は沈む太陽を抱きかかえようとでもするかのように,その腕をふりあげていた.突然のどにナイフでも当てられたように,私は彼女の美しさに衝撃を受けた.私は凍りつき,彼女の黒々と輝く威厳のある視線,白い肩に天然の滝のようにしなだれ落ちている黒髪,ほっそりした体にまつわりついて,宵のそよ風を受けて大きくうねっている白いガウンと流れるようなショールに釘付けにされた.

彼女がひょいっと飛び乗って,その白い足をバルコニーの手すりに置くと,私ののどは締め付けられたようなうめきを発した.彼女は薄れゆく光の中でせいいっぱい腕を伸ばして立っていた.一瞬,私は彼女が塔の上からはるか下方の敷石の通路に身を投げるのではないかと思った.私が叫び声をあげる前に,彼女が口を開き,流れるような歌を歌い始めた.その歌詞は古いものの様で,理解できない甘美なしらべであった.彼女がバルコニーから足を踏み出すと,風が彼女を包み込んだ.彼女は落下しなかった.そのかわりに中空を軽やかに歩み,町の反対側にいきおいよく向かって行った.なめらかな歩調で何ヤードも進み,彼女のほっそりした姿は,すずしい宵闇の中に,すぐに消えて見えなくなってしまったのである...


 

絶望の島:1821年

ついに島の荒涼とした岸が視界に見えてきた.王の虜囚たちは甲板に上げられ,目をしばたき,冷たい日の光の中で震えていた.「絶望の島」とはよく言ったものだ.海から黒い岩肌の山がぬっと突き出ており,その壁は難攻不落の城砦よりも高い.岩のごろごろした岸辺にさっと舞い降りてくる死肉喰らいの海鳥たちは,あたかも人々を地獄にいざなう黒い天使のようだ.島の周囲には恐ろしげな暗礁に波の打ち寄せる暗い海域があり,ギザギザした岩の歯に波がぶつかっては白く泡立っている.この波濤は骨を砕き,肉を引き裂き,木材を破砕するに十分である.島から脱出するために,この障壁を泳いで越えようとする男のことを想像すると震えがきた.緩慢な死以外はありえないだろう.

最終宣告を待って起立している4人のうち3人は衰弱した男たちだった.彼らの体はダーンホルムの地下牢に長い間監禁されていたために,ひどく痩せ細って腰が曲がっていた.唯一,反逆者の王子だけが,垂れ下がっている鎖の重さにもかかわらずまっすぐに立っている.廷吏が鉄の鍵の輪を持って現れ,4人の囚人の拘束を自由にし始めると,王子はその頭を上げた.法廷役人が咳払いし,青白くやつれた姿を前に,たずさえてきた巻物を読み上げた.

「ダーンホルム最高裁判所の法律に従い,被告人らは,最高権力者に逆らった罪として死刑に相当する罪を認める.ダーンホルム最高裁判所の命により,被告人らには死刑執行が宣告されるものである.その結果として,被告人らの生命はこののち,汝らの前に立ちその意思を告げる国王陛下の意思のもと,剥奪されるものとす.」

若い国王はこのとき体を強張らせたかに見えた.固く胸を張り,囚人たちに呼びかけるため,前に半歩踏み出した.目の前の4人にかけられた言葉は形式的なものだったが,国王の目は彼の弟の顔から少しもうごかなかった.

「神々は被告ら全員に死の判決を下した」プラエトル一世は言った.吹きすさぶ風にもかかわらず,彼の声は甲板のすみずみまで響き渡った.「余は死刑執行人と海の看守に少し時間をもらうことを選択した.これをもって被告人らはこの島に追放され,残された日々を「運命」が微笑む限り生存することを許される」かつてカンブリアの王らが公式の宣告の際に用いた最後の一節を発する時,彼はためらった.これは彼の統治における最初の公式行為であった.「こ,これが余の言葉である.余の言葉が法である...」


 

ブラックルート:1875年

数年後,今やカラドンへの海岸ルートにある多くの立ち寄り先のひとつとなっている町にもどった.かつてプラエトルは自らの意思によって,ブラックルートを屈服させ町を破壊した.私にはどうすることもできず,それゆえ,私は彼を少し憎んだ.私はそのままにしておいたほうがよいものを破壊し,飼い慣らし,屈服させる人間を憎む.かつてこの港を取り囲んでいた防波堤が王の戦争のもたらしたカタパルトや衝角によって破壊されてから20年が経つ.町に所属していた流線型の快速戦艦も破壊された.かの船たちは,かつては水上をまるで生き物のように三角旗をはためかせつつ踊るように航行していたものだ.船は全て燃やされ,船員は呪いの言葉をはきつつ死んでいった.かの恐るべき夜,プラエトルの竜船団が町を略奪した夜のことだ.

在りし日の最後の記憶は,かつては波止場を支えていた焼けこげ破砕された木材である.潮が引くと,マストの円材が,その破壊され黒々と腐食した姿を水面にさらしていた.彼らが「カンブリアの火」と呼ぶところの魔法的な油によるむごたらしいきずあとである.われわれの船がそれらのわきを通り過ぎていくとき,私はそれらを見下ろし,何年も前になるブラックルートの断末魔の光景を思い出さずにはいられなかった.港湾は邪悪なみどり色の炎に包まれ,プラエトルの悪魔的な油は,どう猛な疫病のように触れる木材全てを食らいつくし燃えさかった.かつて勇壮だったブラックルート艦隊は全て炎上し,手の施しようもなく,自らの炎の発生させる熱気によってその帆をはためかせていた.船員たちは索具を上へ上へと登り,容赦のない炎から逃れようとしていた.そして最後には腹を空かせて待ちかまえている波間にむかって死の身投げをするのだった.大破したフリゲート艦の舵をとり続けていたひとりの気高い女船長は,風上へと舵を切り,死にかけたオオカミのように,王の旗艦めがけて船を突撃させた.その背後では町の波止場地区が,ゆっくりと火災の猛威に崩れ落ちつつあった.魔女の火は夜の空に高く高く這い登り世界全てを焼き尽くすかのようだった.

ブラックルートは自力で復興したことも言っておかねばならない.今回の再訪で,すでに何回か厳しい冬にさらされているであろう新しい船着き場を見た.倉庫群は再建されていた.彼らが「酸っぱいフジツボ」と呼んでいる酒場はさほど悪くない.ブラックルートの造船工はもはや伝説的なかつての私掠船を建造することはないが,その技術の全てが忘れ去れれることはない.必要となれば,彼らは依然としてよい船を作ることができるし,修理もできる.しかし,自前の海軍を構築することは条約で禁止されている.彼らの造船所においては,カンブリアの王によって,半端な交易船を作ることのみが許可されている...


 

ダーンホルム:1832年

それで,私はふたたび古都ダーンホルムに呼ばれた.しばしば「運命」は,私をダーンホルムにいざなった.探検家として,使節として,兵士として,あるいはスパイとして.いつものように,この場所の古えの栄光が,私の心を引きつけた.私の生まれた頃にあった世界が死の床にあえいでいるということに,悲しい思いがこみ上げてくるのである.その日々とはすなわち,「英雄の時代」である.ダーンホルムの騎士たちが彼らの王の軍旗を,「灰色山脈」の手前まで押し進めた時代.カンブリアの「鉄の王座」からの命令は,世界の半分を有無を言わさず従わせたものだった.

私は見知らぬ神殿の祭壇から流れてくる葬儀の香のにおいのまとわりつく王宮まで,「王の道」に沿って馬を駆った.広い並木道に立ち並ぶ木々には遅い霜が取りついている.少し雪の残ったりんごの花に沿って進んで行くと,冷たい風が周囲に舞った.ありし日には,この同じ通りを多くの軍隊が進軍して行くのを見たものだ.北からの船団からは貢物が届けられていた.かつては車輪の一族や,キンタラの銀色のレディですら,カンブリア王の歓心を買うための貢物を送っていたのだ.私は頭上にそびえる誇らしげな塔を見上げ,コーコスやアーチからこちらを見下ろしている王家の血統のシンボルである竜,ドレイク,ワイバーンの石像がドワーフ族の手によるものであることを見て取った.

ダーンホルム城の城門の上に輝く軍旗がはためくのが見え,私の心の目には,いまだにカンブリア最後の軍隊が整列しているのが見えた.林立する輝く槍が暁の光を浴びて並び,騎士たちは老いてなお猛々しい竜の描かれた盾を持ち,広々とした大地に雷鳴のごとく展開していた.あの日の朝,我々が彼らを打ち砕いた.ライフル銃のつるべ打ちに対し,彼らは抗するすべを持たなかった.銃声が響き渡る中,彼らの突撃戦線は崩壊し,まるで血海の中でおぼれているかのように見えた.私は自分のライフルを投げ捨てたことを覚えている.どこか近くから,馬に乗った男たちに対する懇願の悲鳴が上がるのを聞いていた.突撃を止めてくれ.とって返し自らの身を守ってくれ.その声が私自身のものであったことに気づいたのは後になってのことである.

勝つ見込みのない馬鹿げた戦で,なぜ彼らは向かってきたのか,なぜ最後の一人まで,確実である死を避けようとしなかったのか.われわれには理解することができなかった.彼らの歩兵らはまだ賢かった.彼らは転身し,射界にふみ込む前に戦線から離脱していった.しかし,彼らの故郷の街の高い塔群を今ふたたび見ていると,一瞬,おそらく理解できたようにも思えた.すなわち,ダーンホルムの竜騎士たちはふつうの男たちとはちがうものからできあがっていたのだろう.そして,あの日われわれが殺したのは,誇りといさおしで育まれたものの最後の残りだったのだ.彼らが大切にしていた理想がすり切れ,意味を失い,時代遅れとなったとき,彼らは人々の創り出した新たな世界の中で生きていくことはできなかった.それで,「ダーンホルムの竜」の名において,彼らは向かってきた.彼らの愛するもの全てのために,彼らは死んだのである.彼らはカンブリアの名誉と武勇,誇りが彼らとともに死ぬとわかって,それをしたのだということが痛いほどわかるのである...


 

ロズボラフ:1827年

ロズボラフは居心地のよい海岸沿いのリゾートである.行楽客,魔術や歴史学校の生徒,布教活動を行う巡礼たちのための場所だ.町は年間を通じて全シーズン,訪問客のとぎれない奔流を受け入れている.春と夏のビーチは海水浴客でにぎわう.あらゆる職業のカラドニア人がやってきて,水遊びをしてリフレッシュするのである.犬はよろこび浜辺で棒を追いかけ,はでにペイントされた帆のボートは青い海に揺れている.冬と秋には日が短くなり,海岸は雨と霧に覆われる.この時期のこの町は,ほぼ「ブロッガーの環」を見に来る旅行者たちによって支えられている.「ブロッガーの環」は有名なストーンサークルで,太古の昔から,町の北側に屹立している.

この環状列石はロズボラフよりも古く,南方のカラドンよりも古い.おそらく,アルカナムにあるどんな人間の町よりも古いであろう.歴史上の記録は何もなく,この石をいつ,誰が,どんな目的で立てたのかを知る者はいない.この環はエルフが作ったのだと言う者もいる.今でもときおり「うるわしの民」はここを訪れる.私は,エルフらがまるで安らぎを探すかのように,あるいはゆるぎないその強靱さをやわらげるかのように,手やほほを石にすりよせているのを見たことがある.誰がそれを作ったにせよ,「環」には偉大な魔法がかけられている.この場所の1マイル以内に時計やコンパスを近づけると,その針はむやみに回転し始めてしまう.そして「真実の探求者」たちは,まるで鉄が磁石に引きつけられるかのように,この場所に抗しがたく引き寄せられるのである.

   

ヴェンディグロッスの荒地:1844年

古ツーラへいたる道を数千年にわたって遮断しているこの不毛地帯の恐ろしさは,言葉では表せない.ヴェンディグロッスの荒地はそれぞれの要素部分の総和以上のものである.常人でもその目もくらむような暑さに耐えることは可能であろう.水の存在しない地域や沈み行く巨大な船のマストにも似た岩の尖塔群が突き出す荒地が何マイルにもわたって続く.言うまでもないことだが,それらは別々の要素ではないのだ.また,凶暴な砂漠オークも居住している.彼らは山や平地に住む下位のいとこよりも頭ひとつ背が高く,ひじょうに残忍である.夜にはテントの外に出た男たちを誘うサイレンスパイダーが出没し,あらがうことのできない魅惑的な声で,言葉にできないほどの快楽を約束する.朝になって不幸な犠牲者の足跡をたどると,からからになるまで生命を吸い尽くされた皮と骨の抜け殻にたどりつくことになるのだ.

ある晴れた午後の半ば,猛り狂う嵐に遭遇したことがある.塔のごとくそびえたち,重く粗い砂を巻き上げる魔法的な竜巻が,馬とその乗り手を巻き込んだのである.その一撃は犠牲者の毛髪や皮膚,肉の全てをやすやすとはぎとってしまった.離れ行く嵐の中で自失した男の絶望的な叫びがなおも聞こえてきていた.そして,赤い骨だけとなった男と馬が,なおも一緒に走り続けているのを見ることになった.その二体は殺人竜巻の先導者として永遠に結び付けられてしまったのである.この地には暗く忌むべき魔術が働いている.神々が人々を死に導く一千もの方法を考案したのだ...

この荒野での第二日目,ファジルと私は水を運ぶポニーの隊商の物見役として馬を駆っていた.雄大な砂丘を登りつめると,足元の砂が動き始めた.まるでわれわれの地下に埋没した巨大な岩盤が地上に押し上げられてきたかのような動きであった.馬たちはパニックでいななき,ファジルは馬を一喝しひづめを中空に舞わせた馬を落ち着かせようとした.水を運んでいたポニーたちはおぼつかない足元で右往左往していたと思うと,またたくまに後部から押し寄せてきた砂に飲まれていった.私の馬は恐怖に駆られて走り出し,図らずもポニーたちを先導することになったが,鞍から振り落とされそうになった.ファジルは大慌てで開けた砂地を目指し,私のパニックに陥った馬はその後をがむしゃらに追った.私が狂気に駆られた獣の制御を取り戻すことができたのは,ファジルのおかげである.

ついさっきまで私が立っていた場所である砂丘を振り返ると,砂のなだれが流れ込み,大地は振動し左右に大きく震えた.水荷役のポニーがスロープを滑落していき,恐怖のいななきをあげた.その哀れな獣はバランスをとりもどそうとしたがかなわず,すでに手遅れであった.そして,老ファジルと私は,猟犬ほどの大きさをもつサソリの群れが,ポニーの周囲の地中から這い出てきてポニーに殺到するのを見守った.サソリたちは砂丘に模して自らの巣を構築しているのだ.サソリは獲物を待ち続け,ついにその黒い尾先の針を高々と掲げ,私の従順なポニーのわき腹に,その針を突き刺そうとしていた.巨大なはさみが慈悲深くもポニーの首を捉え,絶望のいななきはすぐにやんだ.一部の怪物たちが別の獲物を探そうとしているのがわかった.ファジルはすばやく私に立ち去るよう促した.そして,われわれはもう二度と振り返ろうはしなかった...