Frostpunk #1 A New Goal

初見プレイは途中で破綻という妥当なプレイ内容。
基本的なセオリーを知らないとまたこうなるだろうなということで、SteamのGuideを斜め読み。

最初にWorkshopを2個作るのと、十分資源が余裕になるまで住居を建てないというのを実践してみたところ、かなり順調に進んだ。
ジェネレータは最大範囲でもレベルの中ほどまでしか効果が無く、基本的には資源の温存のため必要最小限の効果で運用することになるので、重要施設をなるべく内部に詰め込んでいくことが重要だというのは分かった。なので、住居は後回しでよい。住居が無いと人は一番温かい中央でたむろするので、不満は溜まるが酷いことにはならない。資源に十分余裕ができてきたら不満解消のために徐々にジェネレータの範囲外に作っていくことになる。
しかし、住居を建てない、建てても寒い場所へというプレイングが最適ってのは世界観的にどうなんだ?Sim Cityの病院を潰すプレイングを彷彿とさせる。

そうやって進めていても、いまいちゴールが見えてこない。当初はスカウトによる探査を進めていって、新天地を見つけるといった打開策を見つけるのかと思ったが、そんなことも無く。結局、キャンペーン「A New Home」では、ひたすらwave的な寒さに耐えて、Progressionで発生していくイベントをこなしていくことになる。

そうこうして時間が経過すると、一定期間極寒に耐えろというゴールがある日突然要求される。これまでは資源消費量よりも供給量が若干上回っていれば大丈夫な状態なのに、いきなりその7倍以上の貯蓄を要求されて、そんなの無理だろという気分になる。
実際のところは食料なんかは要求量の1/4しか確保できていなかったが、餓死者を出しながら生存してクリアできたので、Objectiveを達成できていなくても必ずしもクリアできないというわけではないようだ。
ストーリー的には根本的な解決にはなっていないので、ほかのキャンペーンではどうなるのか知らないし、別のゴールが用意されているのかもしれない。

最終的には-150℃の世界になるんだけれど、ちょっと非現実的な数値すぎないかと思う。二酸化炭素はとっくに凝固しているし、そんなに下がったらいくら断熱しているとはいえ餓死以前に即座に凍死するんじゃないか?
Wikipediaの世界の最低気温記録によると-89.2℃が観測史上最低気温なので、太陽が消滅するような天変地異でもない限り地球環境的に-100℃よりも下がるとはちょっと考えにくい。

Salt and Sanctuary #1 Navigation Loss

BlasphemousをやっていてSalt and Sanctuaryを思い出したのでやり直してみる。

クソ遊びにくい。
起動してロゴが何回かでて、タイトル画面がでてから5秒くらい経つまでメニューが出てこないというテンポの悪さ。
で、初回プレイ以外でもnew gameにカーソルが合った状態なので、続きから始めるには下に入力がいる。new gameを選ぶ回数よりも続きから始める回数の方が圧倒的に多いだろ?
さらにロードは最後に遊んだスロットを記録していないので、左上の1キャラ目以外でなければ何回か入力してキャラクターを選択しないといけない。うっかり連打しようものなら大変余計な時間を要することになる。
ゲームを始める以前からモチベーションが下がる。

で、ゲーム止めるときは、即座にアプリケーションを終了できるわけではないので、一旦メニュー画面に戻る必要がある。そこで何故かメニュー画面じゃなくてタイトル画面まで戻されるので、まーた5秒くらい待たされることになる。
メニュー画面では一番上で上に入力しても一番下のゲーム終了までループしないので何回か下を押して終了を選ぶ必要がある。
ゲームを終了するか?というダイアログが出てくるのでさらにボタンを押す必要があるのだが、ゲーム本編からタイトル画面に戻るときにもゲーム終了するか?と聞いてきてるのに、さらにここでも聞いてくるため二度手間である。
ゲームを始めるのも終了するのも億劫になる。

ゲームはSoulsをやっていると分かるのかもしれないが、そうでない人にとっては大変説明不足。
キャラクター作成では色々バックグラウンドや持ち込むアイテムを選ぶことになるが、それぞれに説明が無いのでどんな影響があるのか意味不明。フレーバーで選ぶしかない。
開始して早々に選択することになる信仰は何の違いがあるのか全く分からない。信仰切り替え時に生じる事象も事前には意味不明である。
offeringなんて、ゲーム内の説明だけだと何が起こるのか予想がつかない。時間付きのバフみたいなものかと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。offeringでNPCがそこに増えるというデザインは直感的ではない。
アイテムの効果も見た目に対して大抵直感的ではない。鍛冶屋での強化なんてなんで髪の毛がいるんだ?全く意味不明。
死んだら塩を全部持ってかれるのは徒労感が強くてリトライが億劫になるだけ。本家がそうだったからそうしたとしか思えない。

Journey

当時から気になっていたのだけれど、ようやくPCでもプレイできるように。
分かってはいたが短い。2時間未満。当時ではなく、現在で約1,500円出す価値があるかどうかは疑問だ。

渋い言い方をすると、仕掛けを有効にして進むだけ。最初の方はこれは面白いのか?と大分疑問だったが、narrative面で徐々に盛り上がっていって終盤の展開は鮮やかで素敵だった。
しかし、後半の自発的に飛び続けないと進めない箇所まで自発的に飛ぶ方法を知らなかったのだが、これは意図的なデザインなんだろうか。いや、それだったら最初からアイテム取ってマフラー伸ばさせるような行為は不要だっただろう。序盤で連打していたらなんとなく進めるような仕掛けではなくて、ちゃんと飛ばないと進めない箇所を用意しておいた方が良かったように思える。

当時衝撃的だったとされる要素ついてはとっくに知っているのだが、そうでなくとも普通にドロップインアウトだと認識できただろう。
遭遇頻度は中盤くらいから数回出てきた程度で個人的には少ないと感じたが、時期的に大分経過した移植版でのことだし、開発が想定してた頻度はどれくらいだったのだろうか気になる。実績を見る限り、最初から最後まで誰かしら居る想定だったのか?
じっくりアイテムを探したい場合なんかは気を使ってしまって煩わしいとも感じてしまった。なので、最初の方以外は探すのを諦めて無視してしまった。

Red Dead Redemption 2 #1 Family Name

結構長いチュートリアル的なChapter 1が終わるとほぼ自由になるっぽいのだが、どこに行ってもごく普通の自然で、ステレオタイプな西部開拓時代っぽさがあんまりないなという印象。Chapter 3に入っても、ローケーションは同一でキャンプ地帯は東へ東へと移動しているので、むしろ西部から遠ざかっている。馬で荒野を走りたいのに。
前作は荒野から湿地からメキシコまで景観の変化に富んでいた記憶がおぼろげにあるのだが。

日本語翻訳は、人物名を名前で表記することに統一しているのか知らないが、喋りで苗字と名前を呼び分けていても常に名前で字幕表示される。フルネームで知らないと混乱することに配慮しているのかもしれないが、ちゃんと音声も聞いていると字幕との食い違いにかえって混乱する。
特に、前作主人公のJohn Marstonが初めて登場するときに、JohnとMarstonを恐らく意図的に呼び分けているのに字幕上ではジョンとしか出てこないのががっかりする。ゲームに対する愛が無い。

Return of the Obra Dinn

期待が大きすぎたというか、手放しで褒められるゲームではないかな。

ご存じの通り、推理というよりも推測要素が大半を占めるので、色々シーンを再生してまわりたいのだが、このシーン再生にかかる手間が、対象の死体の前にまで歩いて移動しなくてはならないのでとても億劫だ。ほかの死体のシーンからでないと移動できない場合は、一方通行なためさらに面倒だ。
それを補うように本が十分に多機能であればいいのだが、そうではない。本から直接シーンを再生できるような便利機能は当然無い。また、あの人物は別のところで何をしていたか、ということなんかを調べるのも初出か死んだ箇所のみだけなので、結局ページをパラパラめくり続けるしかないし。

ビジュアルも独特の1bitスタイルなのだが、これも不鮮明さのメリットが想像を掻き立てる余地もあれば、逆に見えなさ過ぎて何が起きてるのか全く分かんねえよと、ゲームの進行に悪い影響を与えているのが気になる。

推測を考えているストレスはそれが解けたときに心地よさに変わるものだが、こうしたゲームのユーザビリティの悪さによるストレスはのしかかり続ける。発売当初にプレイしたときは、その面倒くささのせいで推測を続ける気も湧かず、一通り見ただけでそのまま帰ったら、案の定だが酷い評価で終わった。

そして、一年越しにやり直してちゃんとクリア。
推測は、作者の思惑と異なる考えをしていると思い切り詰まる。あまり裏を読んだり凝った考えをせずにゲーム的に素直に捉えた方がいいのかなと思う。例えば、直前まで別の人物を取り押さえるわけでもなく撲殺していた人物に助けを求めるとは考えにくいのだが、その人物が助けの声を聴いているのかなという仕草をわざとらしくしていれば、それはゲーム的に正しいのだ。

死因は殆どの場合は大体あっていればいいというのは、事前に知っていればビジュアルの不鮮明さによるストレスは大分軽減できる。例外的なのは、絞殺だろうか。
一方で、加害者の判定はこのゲームの肝でもあり、かなりシビアだ。理不尽なのは、「敵」か「怪物」の選択は明確に区別して判定されるのだが、外見からの判断はとても曖昧だ。

  • Obra Dinn号に乗り込んできた怪物は、敵でも正解とみなされ3人判明時に怪物にコンバートされる。
  • そいつと同じような怪物に船外で遭遇した場合は、敵ではなく怪物でなければ正解とみなされない。
  • Obra Dinn号に乗り込んでは来ていないが、襲ってくる巨大な怪物は、敵ではなく怪物だ。

「敵」は、選択時に「船外からの敵」という表記になるのだが、それでも一貫性が無いだろう。「敵」=「怪物」とみなされないシチュエーションで、「敵」を選択してしまった場合、それは正解とみなされずに無意味に詰まるだけである。
結局のところ、「敵」を選ぶ必要は一切無く、全て「怪物」でよい。「敵」という項目そのものが不要である。生存の場合も生存先はなんでもいいのだが、そもそも生存先はゲーム上で特定しようがないので、このサブ項目も必要だったのかどうか疑問が残る。